1. 人間の我慢強さについて、面白い研究結果がある。4歳児とマシュマロを使った実験だ。

    マシュマロを15分間食べずに我慢できたら、もう一個マシュマロをあげます――というルールで4歳児を小部屋に招き、目の前にマシュマロの載った皿を置く。この実験で、マシュマロをじっと見つめていた子供はことごとく我慢に失敗した。15分間耐えることができた子供たちは、顔を手で覆ったり、おさげの髪をいじったり――マシュマロを意識の外に追いやることができた子供たちだった。なかにはマシュマロをぬいぐるみに見立てて遊び始めた子供もいるという。想像してみるとすごく可愛らしい――ってか、めちゃくちゃ可哀相! 研究者ってヒドイ!(笑)

    この実験から分かるとおり「我慢」とは歯を食いしばって耐えることではない。目をそらし、気を紛らわし、忘れ去ることだ。別のもっと楽しいコトを考えることだ。

    だから「自分は幸せだ」という人がいても、それが、その人が心から希望した“幸せ”なのか、それとも本当の幸せから目をそらした我慢の結果なのか、観察者には(もしかしたら本人にも)分からない。

    健康な老人と“かわいそう”な若者 - デマこいてんじゃねえ! (via tokori)

    (ipodstyleから)

    2ヶ月前  /  987リアクション  /  出典: d.hatena.ne.jp

  2. ホウ・レン・ソウというバズワードがあります。「報告・連絡・相談」の頭文字を取ったもので、新社会人に対する会社での心得として紹介されるケースが多いです。

    そして私はこの言葉が嫌い。相談は「何をすべきか」「どうすべきか」「もしくはすべきでないか」のジャッジを求めるというのは分かる。だけど報告と連絡の違いが分からない。MECEではないように見える。この言葉自体がコミュニケーションを阻害している。

    しかも何もかも上司の言いなりでクリエイティビティを感じない。

    そしてホウレンソウのオリジナルに関する記事を、4/2日経春秋で発見。

    この語呂合わせは旧山種証券の社長だった山崎富治氏が20年以上前に考案したとされる。報告は縦、連絡は横、相談は集団のコミュニケーションを指す。本来は風通しの良い組織づくりの大切さを説いたはずの言葉だった。

    ところが、いつの間にやら上司への一方的なコミュニケーションと曲解されておかしなことになっている。

    オリジナルの「ホウレンソウ」とは「何を上司に話すべきか」ではなく「誰とコミュニケーションすべきか」を分類したものだったのです。すばらしい。

    2ヶ月前  /  リアクション

  3. どうでしょうフィギュア3 (Taken with instagram)

    どうでしょうフィギュア3 (Taken with instagram)

    3ヶ月前  /  リアクション

  4. 次こそは

    たんぶらーから。

    4ヶ月前  /  リアクション

  5. 連携テスト

    お次はtumblr

    4ヶ月前  /  リアクション

  6. 鎌倉ハイキングに行って参ります。 (Taken with instagram)

    鎌倉ハイキングに行って参ります。 (Taken with instagram)

    4ヶ月前  /  リアクション(0)

  7. 生活に使うものって金だけの問題じゃない。本来は生活に他人が入ってくるのを嫌う俺みたいな人間でも、こっちのことを熟知してくれたうえで、商品と生活のマッチングを図ってくれる専門家がいたら頼りたいと思う。いいよじゃあネットで調べるから、って思わせないくらいのプロ魂を見せてほしいと思う。


     んーと、最後に。

     商店街のなかでも、金物屋ってあんがい生き残ってる例が多いと思うんですよね。俺の知ってるとこだと、相鉄線天王町駅近くに、わりと有名な金物屋があるんですけど、ああいう業態が強いのは、もともと客の要望が多岐に渡っていて、客が専門的な知識を持った店員を必要としているからだと思ってます。

     俺は立場としては、大規模チェーン店の一経営者ですけども、だからこそ、客の生活に入り込んで先に需要をつかむっていうのがどんだけ重要なことかは身に染みてよくわかってます。もうここまで事態が進んじゃってる以上、流れを逆流させんのにはとんでもない力がいるだろうけど、主婦層なんかだと、まだまだ地元のクチコミの力って強いですぜ? どこの歯医者が評判よくて、どこが悪いかなんて主婦に聞きゃ一発ですわ。田舎に行けば行くほど、地元のネットワークってまだまだ生きてる。もう遅いかもしんないけど(たぶん遅いけど)、その道のプロが本気で人の生活に役に立とうと思ったときに、その力ってのは決してバカにはできないと思う。つーか常連の金物屋のおっちゃん言ってたよ。「俺にバケツ語らせたらだれにも負けねえよ」って。うちずいぶん世話になってるもん。あの人の知識は信頼できるってことになったときに、たとえばうちで対応できないお客さんは「あー◯◯さんとこなら絶対なんとかしてくれますよ」って自信もって言えるじゃん。

     少なくとも、来店動機の段階でチャンスつぶすのはやめてほしいかなーと思いました。

    俺の考えた商店街の復興策のつもりがグチになりました - G.A.W.

    4ヶ月前  /  リアクション  /  出典: d.hatena.ne.jp

  8. さっき、商店街の利点って「立地がいい」ことだって書いたんだけど、立地がいいって、客から店が近いっていうことだけじゃない。その逆でもある。客に近いってのはとんでもないメリットだよ? たとえば布団とかニトリで買うと安いけど、地元の寝具店である程度の金出していいの買ってさ、何年かしたら「そろそろ打ちなおしたほうがいんじゃね?」って店のほうから言われたら「ああ、そんなもんかな」と思う。ひとつの布団をずっと長く使えたらそのほうがトータルでのコストは下がるかもって思うじゃん。距離が近い。関係が近い。なんでそのメリットを極大まで利用しようとしないのかな。

     いまどのチェーンもポイントカードを必死にやってるけど、あれって結局顧客情報が欲しいからじゃん。どんな客層の人間がなに買うか知ってれば、商品開発も流通も効率よくなるよねって話で。だとしたら、地元で何十年もやってきてて、顧客情報どころかどうかすれば家族構成まで知ってるような状況って超強力じゃねーの?

     俺が枕いっこ欲しいとするよね。んで、低反発素材のちょうすばらしい枕買おうとしたとする。それをニトリで買ったとしましょうよ。止めてくれる人はいないよね。でも俺はそういう枕買っちゃだめなの。なぜならひどい脂性でなにどうやったって枕本体にいつしか脂が浸透するから(すいませんきたない話で)。もしそのときに「あー兄ちゃんだとまるごと洗えるタイプの枕のほうが長く使えんなあ」って寝具店のおっちゃん言ってくれたら俺そっち買っちゃうかも。

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  9. それでどうやって商店街を復興させんのよ、という話なんですが。

     んーと、地元商店街がシャッターだらけになってる状況ってけっこう見たことある人いると思います。ただ、よく思いだしてみてください。そのなかに一軒だけコンビニあって、そのコンビニってバカみたいに客多くないです? 俺、売上が高いと評判の店ってけっこう見てあるいてるんですけど、そうした店舗のうち、かなりの比率で「シャッター商店街のなかのコンビニ」ってのがあるんですよ。そういう店の特徴として、たとえば朝イチで店に行ったりすると、白飯がアホみたいに置いてあったりする。あと酒のコーナーを見るとワンカップとか意味わからないレベルで陳列してある。あと猫エサとかとんでもない物量であるし、米とかもコンビニでいったいだれが買うんだよと思いつつも、5キロ袋とかけっこう積んであったりする。

     なにが言いたいかっていうと、商店街っていまだに立地としては一等地なんです。上述のような特徴はいったいどこから来てるかっていうと、車で移動できないじーさんばーさんは、コンビニ以外に頼る店がない。つまり、年寄り対応であんなことになっているわけです。もちろん年寄りだけが来るかっていうとそんなことはない。会社帰りのくたびれたリーマンとか、洗濯しようと思ったら柔軟剤だけ切れてた主婦とかどんどん来ます。人が近くに住んでる、というのは最強なんです。

     その立地をどう活用するか、という話です。

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    4ヶ月前  /  リアクション  /  出典: d.hatena.ne.jp

  10. ジャスコができて地元商店街が死ぬっていうのはもうどうしようもない流れですね。というより、もともと田舎って人口の集積が落ちてきていて、いまさら地元商店街が成立するだけの力ってなくなってきてて、ジャスコができようができまいが風前の灯っつー状況ではあります。そこにジャスコが出てきて本気で死ぬ、と。

     まあここではジャスコという言葉で「ジャスコ的なもの」を代表させていると思ってください。うちの店の常連の金物屋のおっちゃんが言ってましたが、いちばんきつかったのは家電量販店とホームセンターが車で1時間くらいの場所にできてしまったことだったらしいんです。場所にもよりますけど、商店街というものの景気がよかったのは、昭和50年代の前半くらいまでみたいですね。

     ここから先、地元商店街がダメになった理由を考えていくんですが、目新しいことはなにもないです。リンク先に全部出てます。モータリゼーションの発展とチェーン店の進出、店舗の大規模化。とりあえずこれがひとつです。田舎にいて車のある家庭なら自明でしょう。車に乗っちまえば、近くだって1時間かかるとこだって大差ないですから。

     次に物流。これもチェーン店の進出と絡んできますけど、要は物流が巨大化効率化してスケールメリットっつーのを生かせば単価下がるってことです。巨大チェーンなんかだとメーカーとタメ張れるんで「うちこんくらい仕入れてやるから安くしろや」って言うことができる。これは商品開発力にもつながってきますね。その安く仕入れたものを自社の配送網で一括してどかーんと運べばさらに効率上がる。

     ドミナントって言葉は聞いたことがあるでしょうか。ある地域に集中的に出店していくチェーン店のやりかたなんですが、こうすると地域を独占することよって、その地域における知名度が上がりますし、配送も効率的にできます。セブンイレブンなんかが有名ですね。セブンは戦略的に地域ごとに出店していくので、いまでもセブンのない県とかあるはずです。このあいだ石川県でしたっけ、集中出店開始したのって。

     あとは、地域の人口集積が低くなってきたこと。あたりまえですけど、人口密度が下がれば、それだけ商圏の人口は減ります。よって、徒歩圏内の客を相手にする商店街は成立しづらくなる、ということですね。

     まあ、決定打はジャスコ的なものだったと思うんですが、その前段階として、すでに食品スーパーマーケットの進出ってのがありまして、段階的に商店街は体力削られていったわけです。


     というところまで現状確認。

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